腕輪物語5

彼らは小さな種族である。
ぼっち小人よりも小さい。背の高さがそれほど変わらない場合でも、ぼっちほどでもずんぐり、がっちりもしていない。
中民の背丈は、我々の尺度でいえば1メートル。1.5メートルに達するものはほとんどいない。
彼らにいわせるとだんだんちびってきているそうで、昔は、遙かに背が高かったそうだ。
ここに取り上げる中民荘の中民たちについていえば、種族が平和に富み栄えた時代には、陽気な種族であった。彼らは明るい彩りの服を着て、ことのほか黄色と緑を好んだ。しかし靴は滅多に履くことはなかった。足の裏が皮のように堅く、髪の毛とほとんど変わらない濃い巻き毛に覆われていた。なお、髪の毛はみんな茶色だった。
中民の習わない手仕事は、靴作りぐらいだが、彼らはみんな長い器用な指を持っていてそれ以外のものなら役に立つもの、こぎれいなものなど何でもこなした。
彼らのかをは概して、美しいというよりも人がいい顔立ちで、幅広く、目が明るくてほほが赤く、口は笑ったり食べたりするためにあった。また、事実しばしば心ゆくまで笑って食べて飲んだ。いつも軽い冗談が好きで、食べ物が手に入って一日、6回の食事ができれば満足だった。彼らは客好きで、パーティーや贈り物を喜び、惜しげもなく人に与えいそいそと人からももらった。
 後生疎遠になったとはいえ、中民が我々の親族であることは全くの明白である。妖精はもちろん、太民よりも、遙かに我々に近い。太古、彼らは、独特のしゃべり方で、人間の言葉も話していた。そして好き嫌いはほとんど人間と変わりがなかった。しかし現にどんな繋がりがあるのかは、今日ではもはや明らかにすることができない。
中民族の起源は、遙か昔、今では漠然として忘れ去られた上古にさかのぼる。この消滅した時代の記録を持つのは妖精族だけであるが、彼らの伝承はほとんどすべて彼ら自身の歴史に限られており、人間は滅多に現れず、中民に至っては一言も触れられていない。しかし、他の民族が中民族の存在に気づくことすらなかった遠い昔に、彼らがすでに長い間、中津国にひっそり住み着いていたことは疑いがない。当時中津国の世界は、見知らぬ生き物が充ち満ちていたので、この小さな人たちの存在はほとんど無視されていたのではないかと思われる。しかし、健母と風母の時代に、中民族は心ならずも突然、重要かつ知名な存在となり、賢者や王侯の会議を騒がすこととなった。