これは星新一さんのショート、ショート
たくさんある中で大好きな一篇です。
人間が陥りやすい奢りの部分を見事に皮肉っていて、それでいてシンプルな文章でその裏でいろんなことを想像させてくれるすばらしい作品だと思います。
いきなりミサイル発射でおいおい大丈夫かなと思わせて、その発射の理由もとんでもない理由で、これが大人になったと思い込んだ人類がいかにも陥りそうなシチュエーションを描いています。
そして、そのしっぺ返しは思いもよらない形で訪れてきます。


宇宙の挨拶
鮮やかな赤色のボタンが壁に並んでいる、数多くのボタンのうちの一つだった。
装置は物憂い響きを上げながら、直ちに指示に従った。そして、原爆の弾頭を付けたミサイルを送り出した。
その、冷たい銀色をした忠実な猟犬は、うれしそうに飛び立っていった。噴射している紅色の炎は、獲物を狙って舌なめずりをしている様にも見えた。
「さあ、うまく目標に命中するよう、電波の誘導を続けてくれ」
「はい」
「それからどのような妨害があるか、監視を怠らないでくれ、慣れた作業だからと言って、油断するなよ」
 館長は宇宙船の司令室から、正確な口調で命令を告げた。
部下たちがきびきびした動作で活動に移り始めるのを確かめ、彼は硬質ガラスでできた、側面の窓の外に目をやった.
凍った黒インクの湖に散った、限りない宝石。暗黒と星屑だけの、飽きるほど見慣れた宇宙船の眺めが広がっている。しかし前方の窓の外の風景は違っている。激しい黄色に輝いている、この星系の太陽。その手前には、何も知らぬ下に浮いている一つの惑星。今、ミサイルが近づきつつある目標だった。
と言ってもただおもしろ半分にミサイルが発射されたわけでは無い。50時間ほど前にこの惑星を発見してから、宇宙船を停止させ、各種の観測を行った。そして、多くの点で地球のそれに近い条件を備えていることが判明した。計算機は忙しげに働き、自転も公転も地球のそれに近いことを教えてくれた。気温はいくらかは高いらしい。
 小さな無人偵察ロケットは、夜の側に密かに接近し、そこの大気を持ち帰ってきた。待ち構えていた生物班
はそれをモルモットの飼育箱に送り込んだ。新陳代謝を早める薬を注射されたモルモットたちは、しかし、何の症状も表さなかった。その結果、地球生物には害は無いらしいと思われた。
 船長は高倍率の望遠鏡を覗いた。ちぎれ雲を含んだ大気のそこには、いくつかの美しい都市が見え、地球人に似た住民が歩き回っている。その部分をさらに拡大してみると、老人らしい物も認められた。もしかしたら地球よりも健康地である可能性もある。
 これらのすべてが検討され、その上でミサイルの発射ボタンが押されたのだ。
 隊員の一人が司令室に報告に来た。
「艦長ミサイルの進路は順調です。まもなく命中しましょう。」
「よし」
「しかしそれにしても気の毒ですね」
 だが、声はさほど同情の響きは伴っていなかった。艦長は頷く。
「ああ、気の毒なことは確かだ、しかし、中止する訳にもいかないだろう。地球文明もかつての純真な青年期だったら、それを理由に中止する気になったかもしれない。しかし、今や宇宙に進出した壮年期だ、物事を現実的に処理しなければならない」
「わかっています、人類の欲望には限りが有りません。それを満たすには植民地を獲得し続ける他有りません。私たちの任務です。私たちが仕事を怠ったら、地球はまた昔に戻ってしまいます。お互いに争い、創造しただけでも恐ろしい。・・・」
 隊員はこの宇宙船に積んである武器のリストを頭に思い浮かべ、それが地球上で使われる場合を考えてか、言葉を濁した。艦長は茶色のボタンを押して、コーヒーを装置から出した。それをすすりながら言った。
「その通りだ。しかも、我々は能率よく仕事をしなければならばならない。不毛の惑星を手に入れ、膨大な費用をかけて改造するのでは、どうにもならない。その点、この惑星は非常に有望なようだ。
 隊員はコーヒーを飲み終え、カップを洗浄口に投げ込み、思いついたように聞いた。
「しかし壮年期はいつまで続くのでしょうか。いったい老年期はいつ、どんな形で訪れてくるのでしょう」
「わからんな、だが、そんなことを気にすることは無いだろう。遠い先の話だ。我々とは何の関係も無い。・・・そろそろ命中の自国では無いか」
と艦長は各部門の隊員の報告を求めた。ミサイルは別に妨害を受けること無く、静かに進行中らしかった。
船長は再び望遠鏡に目を押し付けた。やがてミサイルが命中し、鋭い光がひらめき、黒い煙が上がるのがみとめられた。
彼はしばらく緊張を続けた。だが、惑星からはなんの反撃も起こらなかった。
「よし、抵抗はないようだ。注意しながら着陸に移ることにする」
宇宙船は活気を帯び。身を震わせた。噴射が始まり惑星に向かって速度を上げた。
レーダーは電波を吐き、また吸った。不審の匂いがあればすぐにかき分け、抵抗の武器が用意される。
しかし警報のベルは一向に鳴らなかった。望遠鏡の奥では、住民たちが慌てふためいているが、応戦の気配は感じられなかった。
ロケットはしばらく、一定の高度で滞空していたが、命令とともの一気に降下した。
「さあ、接地だ。我々に対抗できる武器を待たない相手のようだ。」
 そして煙の晴れかけている、原爆による破壊のの跡に着陸した。
放射能を伴わない原爆であったし、この惑星固有の放射能も少量らしく、ガイガー管は静かに安全性を示していた。
「艦長、高級な星のようです」
窓から覗きながら別な隊員が言った。破壊した地区の果てには、色彩と曲線に富んだ、清潔な建物が並んでいる、ビルの壁には手の込んだ彫刻も施されている。隊員目はうっとりとしていたが油断はしていなかった。怪しい変化があれば,彼の指はピアニストのように動いてボタンを操作し、その対策を一瞬のうちに実行する。
「ああそのように思う」
 艦長は望遠鏡を動かした。今度は地球人に似た住民たちの、表情まで観察できた。
遠くからこちらを伺っている住民たちの顔からは、驚きは感じられても、敵意らしいものは伝わってこなかった。
「奴らは呆然としているようです。艦長、手向かいする気のない、だらしない連中です。さ、出てみましょう」
艦長は各部門の報告をまとめ、判断を下した。
「斥候を出そう。5人ほど行って調べてきてくれ。だが、注意は怠るなよ」
武器を構えながら、数名の隊員が都市の中心らしい方向に向かっていった。
 斥候の一団は、予想よりも早く宇宙船に戻った。艦長はそれを迎えて不思議そうに聞いた。
「いや、早かったな。どうした」
「そう苦労して調査することもありません。もっと便利な方法を発見しました」
「それは何だ」
「住民を三人ほど連れてきました。こいつらに聞けば簡単です」
「それができるなら申し分ない。しかし我々は今までに、地球型の住民とも何回か接触した、それでも、言語が通じるまでには、けっこう時間がかかったぞ。ここではどうなのだ。」
「しばらくしゃべっているうちに相手の方で、こちらの言葉を話し始めました」
「語学の才能でもあるのか」
「それはないようです。しかし、小さな装置を持っていて、それを通じて話してきました。万能の翻訳機のようです」
「武器はないくせに文明は高そうだな。・・・まあいいここへ連れて来い」
 三人の住人が案内されてきた。ゆるやかな服を着ていて、青年のように思えた。だが何故か活気のない表情だった。
「おい、こちらの話がわかるか」
と、艦長が話しかけると、手にしている受話器のような物を耳と口に当て、その一人が答えてきた。
「わかります」
「便利な機械を持っているな、君たちが作ったのか」
「ええ、正しくは、私達の祖先が作ったものです。博物館の隅にあった品です。いまのわたしたちにはつくれません」
 艦長はいくらか感心した。だが、翻訳機そのものについてより、優先すべき質問がたくさんあった。まず、第一に
「君たちは我々に敵意を持っているか」
「持っていません」
「だが、都市を破壊され、腹が立っているだろう」
「別に腹も立ちません」
「では強さを恐れているのだな」
「恐れてもいません」
「ではどうなのだ、我々に対する感情を、素直に言ってくれ。好きか、きらいか」
「好きでも嫌いでもありません」
「信じられないことだ。その理由を言ってくれ」
「それは無理です。感情に説明をつけることはできません。あなたにはできるのですか」
 艦長は答えに詰まった。試みに他の二人の住人にも、同じことを聞いてみた。だが、やはり事あえは同じだった。彼は質問を先に進めた。
「君たちは、この星を自分たちではなんと読んでいるのか・・・」
というのから初めて、この星に関する多くの調査を、短時間のうちにまとめることができた。
気候の温和なこと、住民たちの寿命は、現在のところ地球式に数えて二百歳らしいこと。味の良い食料が豊富なこと。住民たちはあまり働かずゲームが好きらしいこと。
 艦長はもちろんそのまま信じはしなかった。隊員たちにいちいち確かめさせた。しかし全ては答えのとおりだった。
わけのわからないのは、感情をあまり表さないのと、どことなく活気が無いことだった。医学班長は厳密に健康診断した。
「艦長、病気はないようです。作業をやらせてみると、抵抗もせずに、なんとか働きます。欠陥があるとすると精神的なものではないでしょうか」
「知能が劣っているというわけか」
「いいえ、知能は優れています。知能指数は地球人より高いようです」
「理解できない現象だな。狂っているのか」
「そうでもないようです。みんなが狂っているなら、一応の秩序を保って、生活を続けていくことはできません。」
「まあいい、そのような文明を作ってしまったのかもしれない。いずれ判明するだろう」
 艦長は資料を整理して地球への報告を超電波によって行った。
「我々は美しい星を発見。気候は良好、住民の基質は従順」
地球からの指令が帰ってきた。
「素晴らしい植民地の発見を謝す。当分はその開発を担当してもらいたい。保養地として適当と思う。観光航路をそこまで延長する。なお、召使として使用したいから、住民を送ってもらいたい」
 やがて空港が建設され、大型の宇宙船が発着し始めるようになった。地球からの旅行者もやってきたし、他の惑星からも休養に訪れてきた。平均寿命が二百歳と聞いてその魅力で来るものもあった。ここにいれば生命が伸びるだろうと思い、訪れたものはなかなか帰りたがらなかった。
 宇宙船に空席があるときには、住民が乗せられ、地球へと送られていった。住民たちは別に反抗もしなかった。力仕事は無理だが、命令に従い、欲はあまりなく、召使として好評を受けた。

今はこの星の管理者を兼ねる、かつての艦長は、地球から大いに感謝された。
「感謝されるのはありがたいが、幸運による結果だ。こんな住民のいる、こんな星に偶然
出会っただけのことだ」
 彼は空港のそばの高いビルの一室で、一人つぶやく。窓からは涼しい風が流れ込み、都市は美しい。緑のなだらかな丘は郊外に起伏し、草花は香り高く、食事の味は良い。川では魚いくらでも取れ、温泉も涌く。
 住民とのゴタゴタは起こらないし。訪れた者の健康は、少なくとの悪化はしない。皆、保養の目的は果たして帰っていく。
 住民の正確に感化され、無気力になるのではないかという心配も、心配にとどまっていた。他の宇宙基地から来た人員も、更に活気を持って休暇明けの仕事に戻っていく。
「しかし、どうも、訳がわからないな。なぜ、こう好都合なことばかり揃っているのだろう。いや、あまり順調すぎるための不安かな」
 その時、かつての部下、今はこの星の地図作成を請け負っている男が入ってきた。
「艦長、のんきなものですね」
「ああ、平穏すぎる。また新しい星を求めて、ミサイルを発射出かけたいくらいだ。ずいぶん、武器をいじっていないからな」
「その武器のことです、ちょっと報告に来ました」
「なんの武器だ、地球から新兵器でも届いたか」
「地球ではありません、この星です、気になる品物を発見しました」
「そんなものがあるとは思えないが、案内してもらおうか」
艦長は部下について、郊外に出かけた。古ぼけた建物、以前は倉庫に使われていたと思われるものだ。ツタの葉が絡まり、扉を開けた時古びた臭がした。
「この装置です」
「用途は何だ」
「複雑な構造で、調べるのに時間がかかりましたが、用途を知って驚きました。恐るべき兵器です。電磁波の力で、物質の結合力を一時的に失わせるものです」
「早く言えばどう言うことになる」
「この電磁波を受けると、防ぎようがなく、一瞬のうちに物質はバラバラに分解してしまいます。あの時、これで応戦されていたら宇宙船も、私達も空中で・・・」
と、部下はため息を付いた。だが、艦長は落ち着いた声で言った。
「住民たちには使いこなせないのだろう。この星は無気力化の一途をたどっている」
「いや、構造は複雑ですが使い方は簡単です。あの翻訳機と同じことです」
「それにしても訳がわからない。なぜ、あの時に使わなかったのだろう。また、地球に持ち込んだ形跡もまないし、氾濫を起こす目的にしてはこんな隠し方はしない」
「私も不思議です、だからこそ、ほうこくにあがったのです」
 二人は顔を見合わせ、首を傾げた。しかし、今までの知識だけでは、その答えを見出すことはできなかった。艦長は少し離れた小川で、釣りをしている少年を見つけた。持ってきた翻訳機を使って呼びかけてみた。
「ねえ、坊やたち、こっちに来ないか」「なあに」
坊やは釣り竿を肩にゆっくりした歩き方でやって来た。
「この建物の中なんだか知っている」
「うん、武器だよ」
「使い方は知っているかい」
「うん、簡単だよ」
 艦長と部下は顔を見合わせ、それから質問を続けた。
「こんなすごい武器があるのに、なぜ、地球人が来た時使わなかったんだね」
「使ってもいいけど、相手にだって武器があるからね。つまらない怪我をしたらそんじゃない」

 理屈の筋は通っている。しかし、どこか一点が、どうも物足りない。
「それならなぜ、こんなものを作ったんだい」
「祖先が作ったんだ。昔の人にとっては意味があったんだろうけど、今は誰も使う気にならないんだ。
「訳を話してくれないかい。なぜ、そう気持ちが変わったのか」
 強力な武器の持ち主たちが、どうして極端とも言える平和主義者になったのだろうか。少年は草の上に腰を下ろしながら言った。
「面倒くさいな、もう、知っているんじゃないのか」
「いや、知らないぜひ話してくれないか」
少年は短く結論だけ言った。
「この星には未来がないからさ」
「未来がないて、・・・そんなこと無いじゃ無いか。君のような少年がいる。君だって今に父親になるだろう」「うん」
「未来はあるじゃないか」
「それはあることはあるけど、あんまり無いんだ。時間の問題だよ」
「というと・・」
艦長は身を乗り出した。
「皆気がついたのはだいぶ前のことなんだよ。その頃は三百際以上まで生きられた。だけど今は200歳しか生きられない。僕は百八十歳ぐらいで死ぬんだろうな。1世代ごとに1割ぐらいづつ寿命が短くなっているんだ」
「そうだったなか」
「わかったみたいだね。死を賭けてまで守るべき未来が無いんだよまた、戦いに勝っても、勝利品を残す未来もないんだ」
「わかったよ。心から同情する。しかし防ぐ方法は無いのかい」
「だめらしいよ。科学力高かった祖先たちがさじを投げてあきらめたたんだから」
艦長が部下を振り返り、瞬きをしながら言った。
「気の毒な運命だな。種族としての寿命が終わりに近いらしい。老いた種族なのだ」
「それではっきりしましたよ、艦長、すべての謎が解けた思いです。頭はいいが気力が無い。争いを好まない。味にうるさい。都市の清掃や草花作りに熱心だ。ゲーム、温泉、釣り、何もかも老人の特徴です」
「しかし地球へ連れて行った住民は好評だそうだが」
「昔の地球に爺やとか婆やとか言う職業があったそうです。遊んでいてもつまらないからままといった程度に働いていたとか・・・」
艦長はうなずき、少年に、向かって、慰めの声をかけた。
「知らないでいて悪かった。励ましようが無い、しかし君たちの星は、我々地球人が立派に引き継いであげるよ」
「そう行けばいいけどね」
と、少年はつまらなそうに答えて、艦長は聞きとがめた。
「どういう意味だい」
「種族の寿命じゃ無いんだ。病気なんだ」
「病気だって・・」
「うん、祖先たちはすごかったんだ。あの武器を持って、宇宙に乗り出し、方々の星を支配したの・・・」
 少年の話し方には青春時代を懐かしむ、老人の様な調子があった。
「だけど、ある星で背負い込んでしまったのさ。細胞に作用するビールスのように、遺伝子に作用する、ものすごく小さな伝染病だそうだよ」
「種族の老衰病とでも言う訳だな」
と艦長は震え声になった。
「うん、すぐにはわからないし、気がついたときは手遅れさ」
少年は、老人が過去の失敗を話す、自嘲めいた口調で言った。
「これは大事件だ。早く報告し、治療の対策を立てなくては、全人類が滅んでしまう」
「うまくいけばいいけどね。あの建物の中の武器で驚いてしまうような、地球という星の科学で、できるのかな。僕たちの祖先でもできなかったのに」
それを聞き、艦長は声を張り上げた。
「いったい何で早く教えてくれなかったんだ。ひどいじゃ無いか」
「聞かなかったからじゃ無いかな。丁寧に、どうぞ教えてくださいて頼めば、誰かきっと教えたはずだと思うんだけどな」
と、幼い少年は艦長を見上げた。その顔には、若者に対して抱く羨望と嫉妬の入り交じった老人に特有の表情が・・・